僕が英語に興味を持ったきっかけとその後

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英語についてのあれこれ

人それぞれ、英語を勉強し始めるきっかけは違うものです。

僕の英語を勉強し始めたきっかけと、その後の広がりを簡単に書いておきます。

英語学習は楽しくなければ続きません。

もしあなたが、単に国際化の時代だから英語を勉強した方がいいな、とか、会社のあるポジションに採用されるために英語を勉強しなきゃ、という感じだと、なかなか継続して英語を勉強することは難しい。

では、どのように英語学習を楽しいものにしていくのか。

その手がかりになればと思います。参考にしてみてください。

一番最初は旅でした。

ある日ラジオを聞いていたら、自称プレイボーイという日本人男性の本が出るという話をしていました。

本の内容は、世界中を放浪して、外国のいろいろな女性とつき合ったという話のようです。

そんな話を堂々としている日本人男性は初めてだったので、面白そうだと思いました。

下品にそんな話をしていたら、たぶん風俗巡りを想像していたと思います。しかし彼には品があったので、彼のストーリーに興味を持ちました。

Nobu
Nobu

この人、面白いな。

さっそく本を読んでみると、女性の話だけでなく、彼の海外生活に登場する奇想天外な人々の話に胸躍りました。ワクワクしたわけです。

それまでにも小田実沢木耕太郎といった、海外放浪をしている日本人はいましたが、彼はまったく違っていました。

まずイギリスの血が入ったクォーターだということと、大学時代にアメリカに留学しているので、英語がネイティブ並みに話せるということ。

それまでの日本人の海外放浪というのは、あくまでアウトサイダーとして外から眺めるといった感じ。

しかし彼の場合は、現地の人と親友になり、内部の奥深くにまで入り込んで行きます。そこは現地人でも知り得ないような世界。

Nobu
Nobu

へぇ、こんな世界があるなら、自分の目で見てみたい。

それにはアウトサイダーではなく、奥深くに入り込むことが必要。

この本はもう絶版になっていますが、興味がある人は中古で探してみてください。

エグザイルス:ロバート・ハリス著

初めての外国、スペイン

その後に留学しているガールフレンドを尋ねに、初海外でスペインへ2週間旅行します。

この時は現地に日本人のガールフレンドが住んでいたので、言葉には苦労しませんでした。

常に彼女の影に隠れて、あちこち連れて行ってもらったのを覚えています。

今から思うと、外国という存在を知る上でのイントロダクションといった感じ。なるほど、外国や外国人とはこういうものなのか。

景色や人、言語もまったく違う、まさしく異国の世界なのですが、夜に見上げた月は日本とまったく同じだと妙に感心しました。

この時は絶望的に英語もスペイン語も話せないので、ひとりではまったく行動出来ません。まるで子供に戻ったような感じ。

言葉が通じない絶望感をこれでもかと実感し、ますます英語の必要性を感じました。

世界中を闊歩するには、英語が絶対に必要だと肌で感じた訳です。

映画で英語を学んでみる

帰国後、さっそく映画で英語を勉強し始めます。

本能的に教材英語には興味がなく、実際の会話で使われている本当の英語が知りたいと思っていました。なので映画で勉強しようと思ったわけです。

当時YouTubeはないので、ゴーストセント・エルモス・ファイアといったアメリカ映画を使って勉強し始めました。

当時映画のビデオテープとテキストブックがセットで売られていて、それを5千円ほどで手に入れました。

映像とスクリプトを見比べながら、

Nobu
Nobu

へぇ、英語ではこうやって言うんだ。

ワクワク楽しく感じたのを覚えています。

アメリカの恋愛やカルチャーが単純に面白かったですし、俳優も魅力的でした。まぁ、今から思うと映画ですから当たり前ですね。

かっこいいなぁ、とか、ロマンチックだねぇ、と思ったシーンで止めて、英語で何を言っているのかを分析したものです。

単純に面白かったですね。

メルボルン生活

しらばくするとオーストラリアのメルボルンに住む事になります。

僕は中学生の頃からドラムを叩いていて、オーストラリアでは色々な国の人達と7つくらいバンドを掛け持ちして演奏していました。

バーやレストラン、結婚式場でたくさん演奏しましたし、バンドでお金も稼ぎました。

一応英語は少し勉強していましたが、リアルな会話で使える英語というのはまた別の話。

ちょっとした英語の知識だけでは、英語は話せないことを実感しました。

それでも英語を話すチャンスはちょこちょこあるので、思いついた英語を口に出して、なんとかコミュニケーションをとっていました。

音楽を一緒に演奏するというのは、それほど話さなくてもなんとかなるので英語初心者には良いです。

教会での無料の英語レッスンにも何度か行ってみました。そこにいた牧師の娘さん(7歳くらい)に

Nobu
Nobu

 She is pretty.

と、かわいいねと褒めたつもりが、その場の空気が気まずくなって、牧師に英語を直された思い出があります。

牧師<br>
牧師

She is adorable.

prettyと褒めると、そこには女性として魅力的というニュアンスが入ってきます。7歳の女の子にはまだちょっと早いですね。

牧師はその女の子のお父さんなので、ちょっと気持ち悪い、嫌な感じがしたのかもしれません。

相手の反応を見ながら、英語には日本語と同じようにニュアンスがあることを実感します。

こういう経験はたくさんあって、英語にはニュアンスがあるのだという良い経験になりました。

このようにして生きたリアルな英語に触れながら、結局3年弱オーストラリアに住みました。

ブリスベンでの生活

しばらくしてもう一度、今度はブリスベンに語学留学で住むことになります。

この時はオーストラリアでの生活を楽しみながら、英語をもっと勉強したいと考えていました。

ロードバイクとマウンテンバイク、2台の自転車をオーストラリアに持って行き、あちこち走り回り、マウンテンバイクのレースに出たりもしました。

同時に語学学校にも通い、オーストラリア人から直接英語を学ぶということにも挑戦しました。

この時に面白かったのは、英語には自然な英語と不自然な英語があるということ。

これはもちろん日本語にもあるので、英語にもあって当然なのですが、それまでの英語学習で自然な英語というものを意識したことはあまりありませんでした。

本当にちょっとしたことで、なんとなく不自然な英語になってしまう。

友人同士で話しているときは、例え少し不自然な英語でも、誰も正してくれたりはしませんからね。

Nobu
Nobu

会話は「正しさ」よりも「流れ」が大事。

語学学校ではどう話すのが自然な英語なのか、文法や発音を交えながら細かく解説してくれるので、より深く知ることが出来ました。かなり面白かったです。

自然な言い回しについてしつこく質問出来るのは、語学学校ならでは。

クラスメイトには、スペイン語圏のメキシコやコロンビアからの留学生がたくさんいたので、スペイン語訛りの英語をたくさん聞けました。

スペイン語は音だけは少し馴染みがあるので、スペイン語の発音を思い浮かべながら彼らの英語を聴いていると、すごく納得出来て面白かったですね。

さらにシェアハウスに住んでいたので、そこで英語を話すことも出来ました。

一番面白かったのは、一緒に住んでいたオーストラリア人の7歳の女の子です。

彼女の小学校での英語の宿題を横目で見たことがあります。日本で言う国語ですね。

7歳なので当然僕の100万倍は英語を流暢に話せるのですが、英語のスペルがめちゃくちゃでびっくりしたことを覚えています。

決して小難しい単語ではなく、普通のbe動詞の活用、wasとかwereとかのスペルが間違えているのです。ちょっとの間違えではなく、めちゃくちゃ。

Nobu
Nobu

そのスペル違うなぁ。これなら俺が教えられる。

日本人は文字から英語を勉強しますが、ネイティブは耳から英語を学ぶということを実感した瞬間でした。

僕は車を持っていたので、語学学校で知り合った友達とドライブに出かけたりもしました。

車内でたくさん英語を話せてよかったですね。特にフランス人やドイツ人の女の子とたくさん恋の話や、もっと深いセックスの話もしたので話題も興味深くて面白かった。

日本人ならまず話題にならないような際どい話も、比較的気軽にしてくれるので文化の違いを感じます。

ヨーロッパの人はオープンなので(全員ではないですよ)、セックスの話も自然と出来る人もいます。そうすると英語がどうのこうのということを飛び越えて、話自体がすごく面白いわけです。

バリ島はボヘミアンの聖地

僕はバリ島が結構好きで、何度か行っています。

バリ島の何が魅力的なのか。

バリの独自のカルチャーが面白いというのもそうですが、バリには海外からの移住者がたくさん住んでいて、バリ島に刺激された移住者独特のカルチャーを作っています。

バリ島にはいくつかコワーキングスペースがあって、バリ島に住みながらリモートで働いている人も結構います。

数年前にバリ島で1ヶ月間、起業家のワークショップに参加しました。

ワークショップでは、色々なアクティビティーをします。

毎日コワーキングスペースに通って、一緒に参加している他の6人の起業家とともに色々なアクティビティーをしました。

これとは別に単発で、いろいろなワークショップがコワーキングスペースで行われます。

SNSを使ったマーケティングについてのワークショップ。中央のブルーのTシャツに髪毛長めが筆者。バリ島のOutpost Cangguにて。

この時に、コワーキングスペースで色々な人と出会いました。

それぞれ独創的で場所に縛られない人生を歩んでいて、人生という旅の途中でたまたま出会ったという感じ。

バリ島で出会った奇想天外な人々と過ごしたこの1ヶ月間は、僕の世界をグッと押し広げてくれる事になりました。

まさに最初に紹介した本、エグザイルスに書かれていたような世界でした。

宿泊とオフィスを合体させたコワーキングスペースを異国の地、バリ島で作り上げたふたりのアメリカ人。

色々なグループやワークショップやイベントを主催して収入を得ながら、素敵なヴィラに住んでいるアメリカ人女性。

ウェブサイトを売った資金を元手に、カンボジアでツリーハウスを作って、そこからの収入でバリ島で子供3人を育てながら暮らしているノルウェー人男性。

他にもイギリスで会社を経営しながら、なぜかバリ島で夜中だけ働いているイギリス人男性とか、NPOでの仕事を辞めた後、バリ島で1年間、特に何もしないで生活していたイギリス人女性、学校の先生から旅人を経て、バリ島で心理カウンセラーを始めたフランス人女性など、本当にさまざま。

この時に出会った人たちは、どちらかというともっとインテリの人というか、言葉が大切な人達が多かったです。

僕はこの時TOEICで800点を超えるくらいの英語力と、アメリカのテレビ番組を英語で楽しんで見ていられるくらいのリスニング力はありました。

しかしそれでもネイティブ同士か、かなり上級の英語を話すヨーロッパの人たちとの会話にはついていけませんでした。

彼らと英語で対等に会話出来るようになるには、TOEIC満点は当然として、さらに流暢に話せるスピーキング力と、文化、時事ネタ、スラングや専門用語もたくさん知っていないとならないですね。

道はまだまだ遠い。

自転車用アパレルの販売

バリ島から帰国後、自転車用アパレルを作って売る仕事をはじめます。

中国の工場で生産したのですが、現地とのやりとりや工場訪問、全て英語です。

中国人の英語はそれほど上級でもないので、バリ島での英語と比べたら簡単です。

まぁ、仕事でのやりとりは事務的なやりとりなので、余計ですね。

日本語しか話せないと日本の工場で生産しないとならないので、価格がかなり高くなります。

日本語と中国語を話せる人を雇うという手もありますが、それだとお金もかかりますし、人任せになって、自分で全てをコントロールしている実感も持てなくて、つまらない。

英語が話せれば直接交渉が出来るので、自分で全てをコントロールしている実感が持てて良いです。

今後

かなり大雑把ですが、英語という切り口で僕の歴史を語るとこんな感じ。

今はこれまでの経験をベースに、世界に広がる面白い人たちと一緒に何かビジネスが出来たら、と思っています。

英語が出来ると、人生の選択肢が激増します。

しかしただ英語が出来るだけではダメで、英語を使って何をするかが問題です。英語はただの道具ですからね。

英語と同時に、アイディアと行動力がないと何も出来ません。

英語を勉強しながら、その英語をどうやって活かすのかを考えながら行動しましょう。

最後に

最初は単純なきっかけで英語を学び始めたわけですが、色々とやっているうちに、次のステージが見えてきます。

英語は本当に道具に過ぎないので、その道具を使って何をするのかが大切。

日本語だけで生活していると、なんとなく行き止まりが見えてくる人もいると思います。

しかし英語という道具を持って外に出かけてみると、意外と大きな広がりがあったりします。

そのためにもただ英語を学ぶだけでなく、どうやってその英語を使うのかをよく考えて、自分にとって面白いことを追求してみましょう。

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